裏日本クラシックカメラクラブ BJCC (AJCC非公認)

旧我楽多写真機 1993年 windows95以前には日本の個人ホームページは約200、クラシックカメラの機巧の詳解に特化したページがアサヒカメラの目に留まり、カラー見開き2ベージを頂いた。以来クラカメの記事を何度か書いたが残念ながら廃刊となった。実はクラカメ以外も道楽者で特に鉄道は筋金入りの蒸汽マニアだ。他にワイン、音楽、銃、帆船とネタには困らない。過去の作品も取り上げて、まぁ気楽にやっていきましょう♪

近くにミシュランひとつ星の鰻屋がある?

このところ、急激にブログの更新が遅くなった。

別にデザインに凝っている訳でもないし、そもそもこれの目的は、あわよくば印刷原稿になれば嬉しいと書き出した。

本来ならテキスト文だけで充分だ。

 

昔、自分のWEBページを持っていた頃は、メモ帳一つで全てのデザインまでもやっていた。

最後には3Dモデリングにまで手を出したが、レンダリングに1時間くらいかかり、とてもインターネットで発信出来る代物では無かった。

それらの記述は殆どメモ帳があれば事足りた。何故ならば HTML文が書ければ保存媒体に制約などないからだ。 ソフトウエアによる自動化は確かにネットユーザーを増やしたのだろう。 しかしそれによって失なったものも考えて見る必要はあるのではないかと。

当時は100%自分でHTMLを打つしか無かった。 それはその後の様にソフトウエアによる制約、もっと言えばそれを提供しているソフトメーカーの制約を全く受けないということだった。

いつの間にか多くのネットユーザーは、制約の中だけの自由というものに疑問すら感じなくなっている。 それはクリエイティブな人間だけでなく、コンピュータに関わる人間の殆どが、出来ない事には、はなから関係無いと諦めてしまっているのだ。 

与えられたデザインなんて 恥ずかしくて出来るか ! テンプレートの組み合わせなど最たるものだ、と考える人が居るとする。 少数だがそれはむしろ健康な発想かもしれない。

 

このブログにもデザインなとどいうアイコンが恥ずかしげも無く貼ってある。と考えるに違い無い。

どの様なユーザーがこれを利用しているのだろうか。 きっと自分の記事も自信に溢れ、更にセンスの良いページにしたくて飾っていることだろうと好意的に解釈する。

別にそれを否定する気は無い。 多くのユーザーが私の記事にはつまらなさを感じるだろう。

 

しかし、共感を感じるユーザーの方も一方ではいるものと、私は一末の希望は抱いている。

 

「Think different」  デザインは白紙からしか生まれてこない。 改造から生まれるものは、既にデザインではない。 皆んな もっとオリジナリティに自信を持て !   作り方は考えろ !!

 

自分が書くと どうしてもアジビラになってしまう。 流石に立て看はもう卒業したけど。

大学生の頃が懐かしい。

今は、メモ帳として、このブログを利用している。

これは完成品では無くテーマ別のデータ一時一時保存場所だからだ。

だからこそ書けないとストレスが溜まる。 それは毎日の雑務が多すぎるからだ。

 

PC自作の記事もあれが目的ではなく、あそこが出発点だ。

実際の運用は問題だらけだ。

まずネットの使えないwindowsXPマシンから数千枚のpsd画像をどうやってwindows10マシン経由でjpgのクラウドに上げる?

まずPhotoshopバッチ処理を使うところまでは誰でも思い浮かべるだろう。

しかし格納フォルダは巨大だし、当時の外付けHDDは容量とドライバという二つの壁がある。

そして最終的にはMacBookというフォーマットの違うデバイスを通してブログに載せる。

時代と機種の違いは色々なルートからのアタックを阻む。 その度にトライアンドエラーで別の可能性を探っていく。

何しろ未スキャンのネガは、まだ一万枚以上残っている。

これをストレス、あるいは重圧と言わないで何と表現したらよろしいのでしょう ??

ブログ書いてる場合じゃないよね ??

 

食う時間、寝る時間がない。

そんな時、面白い情報が偶然入って来た。

美味い食い物屋が極端に少ない街、綱島ミシュランの一つ星を貰った店があると。

そこは昔からあるうちから歩いて行かれる鰻屋だった。

考えてみれば、私は今まで真っ当な店で正しい「うなぎ」というものを食べたことが無い。

日本人としては、この文化を知らないのはまずいと思った。

蕎麦は祖父が戦前神田の藪で修行をしていたので、一通り心得はある。あれは美しい日本の誇る文化だ。落語を楽しむ為にもその背景は必須だ。つゆは半分しか漬けてはならぬ、蕎麦はひと口で手繰れる以上に摘んではならぬ。食べ始めたら一気に無くなるまで休むな。但し途中で薬味で口を整えるのは構わぬ。その為に薬味、山葵を蕎麦つゆに入れてはならぬ。そもそも苦労したつゆの風味が台無しになる。残った薬味、山葵は蕎麦湯と共に味わうのが宜しかろう・・

とは先先代の教えであると共に、落語の蕎麦噺に共通する江戸っ子の教養なのだ。

しかし「うなぎ」となると勝手が違う・・・

ここは勉強の為にも、昔ながらのお品書きをコースで頂きたいと思ったが、コースは二名から、予め鰻のランクを予約しておかないと、取り置きが出来ないとのこと。

 

近くに住む幼馴染に、ご馳走するよと誘ったら、 いいよ、そんなに高いモノは俺も半分出すよ・・・と。

何言っとるのかね、キミは。 こないだ空けたブルゴーニュはもっとずっと高いんだぜ、何本開けたんかい ?   と馬鹿っ話で話はまとまりました。

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うなぎを食べに行こう ♬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホ用三脚を買って思ったこと・・ 私とクラシックカメラとの繋がり

お彼岸に三日間で3蒸機に乗る旅に出るので自撮りの為の三脚を買った。中の軸を伸ばせば自撮り棒にもなる。喜多方駅の0番線に50年ぶりに行ってみたいのだ、もう廃線となったその線路には懐かしい思い出がある。高校三年生のとき彼女と上野からEF57の夜行列車に飛び乗った。終着駅は会津若松。早朝の会津若松を歩き、西若松から列車に乗った。そこから先は全て蒸機の世界だ。会津川口、再び会津若松経由で喜多方駅の日中線始発0番線にいた。

 

その時のワンショットが人生を替えた、「鉄」でありながらもカメラマンの方向へと引き寄せられた。それは彼女と新潟に向かう磐越西線の中で確信へと変わりつつあった。

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喜多方の美智子

今、自分の人生を振り返る旅を考えている。 美智子との旅は古いネガが発見された時、デジタルリマスター版として、最高の美しさで特集を組みたいと思う。

 

さて三脚の話に戻る前に、少しクラシックカメラの話がしたい。

近頃では ブログやWEBページでクラシックカメラを趣味としている方々をよく見かける様になった。結構多くの方がカメラを分解して、メンテナンスし撮影可能な状態にしてネットで発信している。それ自体は大いに歓迎する。 ただそのコレクションを見ていると一つの方向性が読めてくる。失礼ながら、ある意味 テーマが(つまり考え方が)貧弱に思えて仕方がない。

これはヤフオクなどで入手したジャンクカメラを、結構簡単に治せてしまえるからなのか?

特定の時代の機械式カメラが多く見られるような気がする。 またレンズ神話から抜け出せない人も目立つ。元々レンズに良い悪いなどない。自分の表現したい画像を的確に可能としてくれるレンズこそ、その人だけの名レンズなのだ。万能レンズこそ無能レンズだということはAJCCの会員なら皆知っている。 名機を追い求めている人もこの範疇に入るだろう。

イカのコンプリートをしたと自慢げに書いている人は、果たしてコレクターなのか?

私自身コンプリートをもし自慢できるとしたら (AJCCでは絶対に話さないが) 1945年製の35ミリ一眼レフ(もどき)は大体コレクションしている事だ。もっともまだ世に知られて無いカメラもあるかもしれない。

第二次世界大戦が終わり、カメラの世界も価値観が変わった。ライカM3なんて何の先進性も無い、ただのマイナーチェンジ機だ。それに比べお手本の無かった一眼レフカメラはやりたい放題だった。分解すると驚きの連続だった。

設計者は皆んな人の真似をしない (したくても先例が無い) 独創性の塊だった。

これはカメラ界における産業革命に匹敵する。ある意味文化の変換点ともいえる。

 

AJCCの会員の多くが、クラシックカメラと写真文化を切り離して考えないのは、それを歴史遺産として考えているからだ。しかしAJCCには60歳以下の会員はいない。

ある特定の年代以下のカメラファンは明らかに価値観が違う。

それは特定の個人 あるいは団体 から始まり、クラシックカメラを歴史文化遺産から切り離し、一種のファッションセンスのみに焦点を当てたマスコミュニケーションの媒介により、瞬く間に広がった。

 

クラシックカメラはステータスシンボルとなり、誰もが右に倣えのヒエラルキーに汚染された。

我々は一種の宗教に近い感覚で見ていた。代表例の一つとして、アルパとマクロスイータなど良く誌面を飾っていた。 その様な人たちは AJCC に入って来ないのは、何かコンプレックスなどをお持ちなのだろうか?

 

WEBで 銀板写真や湿版写真の実践を見た事があるが、大学院生の研究だった。

AJCCではそれらも視野に入れ、総合的に写真文化の研究をしている。

確かに価値観は違う。

 

ようやく三脚の話だ。 先ずは写真を見て頂こう。 そこに何を感じるのだろうか ? 

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スマホ用三脚と明治時代の 木製三脚の共通性

小さいのがスマホ用三脚、大きいのは1909年製、イカ・ミニマムパルモスとセット販売された木製三脚。上に乗っているのは現役のパルモスで、既に500ショット以上撮っている。

現在では三脚の一番の用途は、ブレの防止だろう。 だがこの2台は共通の目的で一致している。 イカスマホ用も構図を決めることのみに特化している。

パルモスは乾板カメラだから、まずピントグラスで構図を決めて置かないと後の工程が出来ない。特にアオリを使う時は必須だろう。ブレに関しては、縦走りフォーカルプレンは 動きの無い被写体に対しては絶対に手ブレはない。ましてはパルモスは最大テンションに設定すれば1/2000秒まで出せる。もっとも一世紀以上前の老機にそんなことをすれば、文化財保護法違反で逮捕されかねない。 こんな華奢な三脚で充分な訳はそこにある。

一方スマホ用三脚にもブレ防止を求める方がいるだろうか?  既にスマホの中にも手ブレ防止機構は当たり前の様に入っている。用は構図が決められれば事たりる。

どちらもレリーズ時にはケーブルもしくはエアーポンプだ。スマホに至ってはプルートゥースだ。 勿論どちらも決めた構図が変わらない様にだ。 これが一世紀後に復活した必要にして充分な三脚と言える。 それにしてもイカの三脚の工作の素晴らしさはドイツの工業製品の水準の高さを物語る。後に、特にスーパーシックスのタスキが滑らかにパチリと固定された感覚を既に実現している。 既にカメラも歴史として観る時代に入っているのだと感慨に耽る。

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折り畳んだ2本の三脚 左スマホ用 右イカ・ミニマム パルモス用

 

 

 

 

広告なんていらない!!

勝手に入って来る広告が鬱陶しくて鬱陶しくて、ずっと我慢していた。

人によっては広告収入を内職のように考え、ブログ会社側も広告の取れるシステムを売りにしている事もあるようだ。

まぁ、人は人。 自分は自分。 稼ぎたければもっと遙かに効率の良い方法がいくらでもある。

ただ、自分はもう稼ぐ必要がないだけだ。

はてなブログPro の場合、広告を非表示に出来ると知って早速試してみた。

なるほど、消えた。 気持ちがいい。 自分には 広告なんて要らない。

書く事に専念しよう。  ここのブログに加入し、一週間で10件ほど記事を書いた。

このペースでいくとひと月で40件ぐらいは書けるな。 書くテーマは腐る程ある。

裏日本クラシックカメラクラブ BJCC を名乗っているのにカメラの記事が無いって?

慌てなさんな。 当然、出し惜しみしてるんですよ。

ブログは 自由に構成出来る個人WEBページと違って、ある意味 使い捨ての消耗品だ。

貴重な情報を出し惜しみしてなぜ悪い?  うちのカメラは百年物のミュージアム・アイテムだが まだ現役、作品も創れる。 当然だが今のカメラには出来ない表現を可能にする。

そろそろ仲間に声掛けてフォロアーを増やすか。

いずれAJCCの「公認」が取れれば、一挙に1000人単位で増えていく可能性も考えられる。

まだ、焦っては駄目だよ、と自分に言い聞かせるのだ。

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最初期ロットの軍用メダリスト 1941年 いずれ詳しく紹介します

 

お誕生日のプレセント

今日は、カミさんの誕生日でしたので、ひつじのぬいぐるみを買ってあげました。

なぜか、やぎとかひつじが大好きなのです。

前に持っていたのは、お棺に入れてあげたので、新しく買いました。

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ひつじのぬいぐるみです

このひつじは毛刈りができるんです。

♪ たちまちひつじはまるはだか〜

遊んであげてください

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毛刈りができます

 

飲むならヴォーヌ・ロマネ村のワインがおすすめ

昨日、内臓の検査の申込みの為、元住吉の関東労災病院を受診した。

担当した先生が非常に論理的かつ人情的で、今までの受診資料や外部の検査資料を総合して、足の浮腫や痛風は恐らく肝硬変が進んで血液が循環しなくなっていると・・・

お酒はどれぐらい飲むの?と・・  ワイン一本です・・ そうかぁそれじゃね〜

この辺りで急激に進んでいるんだけど・・・再び資料を見て言った、

こりゃ飲まない訳にはいかないよね・・・ 労災病院の記録には、自殺未遂一回と肋骨6本の骨折が書かれ、家庭内虐待の実態は公立病院として当然認識されていた。

これもワイン?・・ いえこの頃は安いアルコール度9度の缶チューハイばかり飲んでました。酔っぱらえればいいと・・・ ありゃあ身体には良くないよ、ワインは?・・・酔うと味が解らなくなるので飲みませんでした。私は40年前から日本で最初にブルゴーニュからワインを輸入した代理店でワインを勉強して来ました。あんな飲み方は生産者に申し訳ないので出来ません。

今は一人になったので、セラーに40本程寝かし、歳の若いものは3時間ぐらいかけて味わっています。・・・そうかぁ勉強したのかぁ それが今となっては飲めばその分寿命を縮める訳だなぁ 可哀想だけど自分の人生だ、好きなように生きなさい、長生きを一番に持って来ることが必ずしも正しいとは言えないね。

その後検査の内容の説明を受け、検査日の調整をした。先生の提示した日程に・・・だめです、その週はベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏会が入って居るので、恐らく最期のベートーヴェンになるかもしれないから・・・ そうですか、自分の大切なものを優先するのは正しいと思います。貴方自身の人生なのですから・・・

結局、お互いの予定表を照らし合わせ、偶然にも一日見つかった。

先生は最後まで 貴方の人生なのですから・・・ と、医者というよりは牧師のような先生だった。  今まで綱島のクリニックでは安心させる先生は良い先生で、不安にさせる先生は悪い先生だった。 だから先生によって一喜一憂していた。

その意味では労災の先生は今までの先生の中で一番厳しいことを言っている。命が長いものではないと真正面から核心を突く。しかし言葉は論理的でかつ、人生を肯定している。 骨折の時から受診していれば時間をもっと有効に使えたろうに・・・

さて、ワインをどうするか、だ。

ここで焦れば負けだ。先ずは検査の結果で判断しよう。 今やるべき事に優先順位を付けよう。その中でワインがどの位置に来るかだ。

飲むとすれば、まず高級なものから頂く。 全てブルゴーニュの村名ワイン以上のものを満遍なく集めたがモノポール(単独所有畑) からいただこう。中でも村名ワインながら他村のプルミエクリュを品質的に遙かに上回る ヴォーヌ・ロマネ からだ。 この村は全村東南向の緩い斜面で、土壌も同じ石灰岩質。 テロワールの条件としては全てにロマネ・コンティを越える可能性はある。にも関わらずロマネ・コンティがあれ程の価格なのは、フランス政府が農産品の一つの基準としてロマネ・コンティにアペラシオンを与えたからだ。言わばワインのメートル原器だ。以後ロマネ・コンティはヴォーヌ・ロマネ グランクリュと名乗る必要がなくなった。

今から40年前、銀座のブルゴーニュワイン専門の輸入代理店の倉庫にはロマネ・コンティが置いてあった。しかしDRC社はロマネ・コンティとロマネ・サン・ヴィヴァンとラ・ターシェを木箱に入れ抱き合わせで15万円で売っていた。 あまりに高いので買う気にもならなかった。

替わりにヴォーヌ・ロマネの村名モノポールワインを箱買いした。あれは美味かった。今でもその判断は正しいと思う。

先ほどうちのセラーにはブルゴーニュを均等に、と書いたが ヴォーヌ・ロマネだけは3本もある。まずこれからいただこう。

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アペラシオン ヴォーヌ・ロマネ は村名ワインでもプルミエクリュの実力 !!

 

伝説的名演奏・東京文化会館 小ホール

昨日 大晦日恒例の文化会館でのベートーヴェン中期・後期の弦楽四重奏曲9曲連続演奏会のチケットを買ってきた。

弦楽四重奏曲ベートーヴェンの最高傑作とも言われる。第九など足元にも及ばない。彼はそれを残す為に天才を与えられたと言っても過言では無い。

四本の同属弦楽器のみ。余計な身を削り落とし、骨格のだけの音符は何処にも余計な物の入れる隙間は無い。かと言って削れるものも無い。これで全てが完結しているのだ。

これがオーケストラなどを遥かに凌ぐ迫力を生み出す。 現代の殆どの人達は音のボリューム イコール音楽の迫力だと思っているし、再生音楽でいくらでも音量は上げられる。

弦楽四重奏は全体の音量は小さいが、音の幅 ダイナミクス全音楽中最も大きく、静謐の中、たちまちに最大音が出現するので、その迫力はギンギンのロックやポップスなど遙かに凌ぐ物である。

これらは計算された場合もあるが(本来なら)、聴衆がそれを望み かつ演奏家も自然発生的に揺り動かされる事も多い。会場が一種異様な興奮とスタンディングオーベーションに包まれれば、演奏家も報われるというものである。 と言うのも弦楽四重奏演奏家にとって最も恐ろしい、難しい音楽だからだ。四人の「ま」というのは、立川談志並の「ま」に等しい。まず指揮者が居ないからお互いの音を確実に聴いて全体をコントロールする。あと意思の疏通にはアイコンタクトが大事な意味を持つ。

聴衆ものんびり聞き流してる奴は一人も居ない。一音一音にどう言う意味があるのか、全体の構成やメロディの流れに、次の展開を予想する(無意識の内に)  勿論リズムがない訳では無いが、各パートが微妙にずらして来るのに、全体としては何故か統一されている。よく縦の線が合ってると云われる。 時々リズムを刻んでる客がいるが、必ず眠る。これは自分のリズムが優先し演奏がそれに付いて来ない訳である。どこかで聴くことを放棄してしまってるので退屈なのだろう。こういう客はドラムのない音楽、特に室内楽は好きにならないだろう。

私の聴き方は、まずリズムは捨てる。全体を漠然と聴かないで演奏者一人にとことん集中する。すると他の三人も自然と入ってくる。つまり耳では一人一人のサウンドを聴いてるのだが、頭の中では組み合わされて一つになる。 ここに初めてハーモニーが生まれる。 たとえソロで演奏される場面でもそこにはハーモニーとして認識されている。

弦楽四重奏の醍醐味とは、主音が次から次えと転がっていく事だ。深く聴いているとそのタイミングが分かる。当然わかる。すると身体は自然とその指示を出す。ライブなら奏者同士のアイコンタクトも音楽の一部だと感じられる。 つまりは音楽と同時に身体は踊っているのだ。

この踊りは決められたリズムが前提のダンスとは違う。むしろ指揮者のあの動きだ。

これをコンサートホールの最前列でやるのはかなり恥ずかしい。はずした時の居たいたたまれなさは経験した物でないと解らんだろうなぁ。 しかし決め所でばっちり合った快感は何ごとにも替えられないのだ。

さて大晦日文化会館小ホールで演奏されるベートーヴェン、午後二時から夜九時まで7時間のコンサート。 首都圏には弦楽四重奏愛好家が 400人弱しか居ないのだが、500人の小ホールがほぼ満席になる。ツレも来るのだろう。殆どは配偶者だろう。

知った顔が沢山集まる、特に今年はコロナで殆どの弦楽四重奏は中止となった。

日本を代表するこの演奏会に来年の復活を願って皆集合するのだろう。

皆さん また上野でお会いしましょう。

 

さて、話は変わって 昨日部屋の奥の楽譜の中からとんでも無いものが出て来た。1976年の文化会館小ホールでの 巌本真里弦楽四重奏団 のチケットである。

これがどれだけ貴重なものであるか、大学の年配の音楽の先生に聞いてみれば、たちどころに答えは返ってくる。最早日本の音楽史上最も重要な弦楽四重奏団となっている。伝説ですらある。チケットの定期演奏会 第77回というのも驚きだが、(最後は94回) 日本の音楽賞殆どを総なめにしてる程、その音楽性は高みをいくものだった。百回を越えればクラシック界はじまって以来初の人間国宝ではないかと思っていたが、残念ながら亡くなった。

私を弦楽四重奏の世界に引き摺り込んだのも巌本真里さんだった。

私は巌本真里さんとは言葉を交わしたことがあり、その肉声は今でも心に残っている。とにかくお顔も美しい方で、お声もすこぶる上品、その時はこの方があの美貌の天才ヴァイオリン少女 巌本メリー・エステルだとは知らなかった。 その場所こそは、これも伝説の渋谷リトルプレイハウス!!

以来 巌本真里弦楽四重奏団 の演奏は50回以上聴いている。

今後このブログにも何度も登場すると思う。 最終的には一聴衆の見た(聴いた)巌本真里弦楽四重奏団の記録として書籍を後に残せればと思う。 音楽史にはその部分が抜けているんだよなぁ。

今、残しておけるのは自分を含め、もう数名しか残って居ないのではないだろうか。

当時の弦楽四重奏の人気を、巌本真里さんの静かな熱狂を。

ちなみに、小津安二郎のの「晩春」で原節子が恋人を振った演奏会は 巌本真里提琴独奏会でした。        私の隣には 婚約者がおりました・・・

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東京文化会館 小ホール 1976年 2021年

 

 

蘇ったwindowsXPマシン その4

前々回でドライブタワーの最上階の 訳ありの物入れケースですが、実はかなりショッキングなものが入っています。

何となんとPC内臓用のHDDが入っているのです。 本当ですよ!  写真を見て下さい。

これ動くんですよぉ〜 タネを明かせば 昔、加賀電子という会社が発売した2.5インチの外付けHDDなんです。まぁ洒落のわかる社員が居たんでしょうなぁ。 「外見のデザインどうしようか?」 「ハードディスクなんだからハードディスクのまんまでいいんじゃないですか〜」

これは想像ですが、それほど外れてないと思います。

これはUSBとIEEE1394の両方のインターフェイスで使えます。

習慣的にUSBで接続したのですが、マウスの時と同じトラブル。 USBポートは全部埋まるとトラブるのか?  はたまた別の理由か? このHDDはUSBを使った場合、内部でIDEに変換されるそうです。

前回のデバイスマネージャーの写真を見て下さい。 IDEはプライマリとセカンダリの2チャンネルしかありません。 そこでIEEE1394に変えたところズバリ認識しました。 SBP2準拠IEEE 1394バイスと表示されています。

今時、IEEE1394カードなんて誰も持ってないでしょう?   でもあたしは捨てません!!

思うに 「断捨離」なんてのは、未来に対しての想像力のない者のする 愚行ですよ。

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ドライブタワー最上階の物入れケースの中には・・・・